2011年04月24日

「見せかけの和」と「ぬるま湯気質」


会社の友人(SUKIMAさん)が明日、被災地から戻ってきます
会社や同僚たちの許可をとり、1週間、被災地への復興支援活動を支社を代表して行って下さりました。
寒い日が続いているので、最後まで無事に活動できることを祈っています




被災地の方々の苦労は日ごと増している現実があるそうです

簡易的ですが自分なりに整理してみました


■現状:物資が現場まで届かない

■原因と解決案
→マニュアルに縛られた行動しかできないお役所行動を打破できない、被災地においては明らかに有事であるので、過去のマニュアル規則に依存せず、現場の住民を第一優先する政策とリーダーシップを国として指示するべき。


■現状:被災地内の瓦礫処理なども人員が足りず追いつかない

■原因と解決案
→ボランティアだけでは人員は限界です。
災害臨時雇用案として、給与や保険制度などしっかりさせて雇用形態をつくり全国から募集する。その間、民間企業側も復興活動に専念したい意志のあるものは休職扱いできるよう政府が企業に呼びかける。


■現状:原発収束も中長期プランに移行され、また原発の根本的問題自体が曖昧な雰囲気になってきている

■原因と解決策
→原発に対する(放射線、原子核、量子など)知識不足とエネルギー供給の代替案の欠落。
したがって今後のビジョンや方向性も見えない為、とりあえず過去と同じ方法へ戻そうとする代案しか生まれない。
原子力を活用するならば安全に活用できる根拠あるプラン政策を提示する。新しい知識技術や論理イメージ、アイデアを取り入れて研究開発に投資する。代替エネルギーと融合できるビジョンと安全性を世界に提示していくこと。





被災地以外の土地で普通に暮らしていると
震災も原発問題もなんとなく解決しているように錯覚していませんか?
(お上にお任せ主義、私もそうでした)


しかし、現実はこれからが更に大変です

これまでは外国人にプラスに評価された日本人の民族性


日本人の和の精神が「本質的な大和」に目覚めるか


ただ周りに合わせる習慣による受動的で諦めモード、根拠が希薄な何とかなる病、自分の判断基準に


固定された建前我慢を繰り返して

「見せかけの和」が臨界点に達し爆発するか



多くの日本人が目先だけを見ているだけでは、結果的に日本を出て外国に住むことや日本列島の北と南に住居を移動するレベルでとどまり、内需産業、人間関係の問題が深刻化していくことが予測されます。


■友人のブログより
http://ameblo.jp/japan-mission/entry-10868594095.html
「放射能汚染大国ニッポン」ブランドを1年間PRし続ければ、日本に対するイメージは固定され誰も「日本産」を買わなくなるだろう。


物商品の価値が下がるなら、人の価値が上がらないとほんとに日本は終わってしまう・・・



■グランドビジョン2017 この代案しかないと思える
http://www.noh-jesu.com/work/GV2017.pdf
とくに原子力研究機関の方々や心ある政治家の方々へ早急に目を通して頂きたい内容です




posted by kenmiura at 19:06| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 復興 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

Egoや無我について

みなさんは
「無我」という単語にどのようなイメージをもっていますか^^

結構、よく聞くのが

貧乏・・・

修行・・・

禁欲的・・・

など

仏教の修行僧のイメージが強いのでしょうか
現世離れした印象を持つ方も多いようです


けど実際は

「無我夢中」ということばもあるように

自分がどう思われるかの自意識が無い状態のことでもあります

言い換えれば無我とは、自分の身体の範囲だけを自分と認識していない状態ともいえます。

逆を言えば自分の身体の範囲だけが自分と認識している状態が自我(エゴ)といえます。


無我って日常でもよくあることだと思います

たとえば

■看護婦さんや介護師さんが仕事をしているとき(仕事に慣れてくるとこれに限らないのかも知れませんが^^;)


■お母さんが赤ちゃんの面倒を見るとき


■何かに意識や気持ちを集中して向けているとき
(スポーツもスポーツ観戦もその類といえるでしょう)

■映画を観るときも自分の考えがあったまま観るよりも映画のストーリに入り込んで、自分自身が主人公になりきって映画を観る方がより感動共感できたりするはずです。


ですから
無我で行動しているとき、人は実は心地ちいいものだと思います
何故なら時間の感覚も忘れ、自我という存在も忘れて表現しているに他ならないのですから・・・
言い換えれば時間と空間と存在がひとつに繋がった瞬間なのかもしれません


無我のときは自身の事を考え込んだり、悩んだりすることはありません


しかし
自意識(自我)は、動物より更に進化した人間だけがもつ機能ですから、有効的に活用できれば最高の人間力や人間関係力、創造力にも活かせるはずです。


『自我と無我』
実はこのふたつの関係性を分けて理解することはできないのです。



祈りは無我であり 

歌も祈りです 料理も お掃除も ご飯を食べるときも 

ただ見つめることも 

どんな些細なことも心がこもれば祈りになります


震災の影響もあり

最近『〜しながらの行動はできるだけやめよう』って感じるようになりました。

メールを見ながらご飯食べたり 本読みながらご飯食べたりなどです

味わいや感謝の気持ちが薄れてしまうからです。 


マイクロソフトの孫正義氏も自身の新30年ビジョンの中で


2018年には人間の脳の処理速度を越えるロボットが誕生すると計算によって語っています。30年後には100万倍、そして100年後には現在の人間の脳の1がい倍(1億×1兆)までの差が生まれると。

これは今でいう人間と昆虫の脳以上の差でもあります。
人間がロボットより価値がある存在になるには今のままでは難しいでしょう。

http://www.rocketworks.co.jp/pocketworks/archives/1960


※孫氏の計算はあくまで人間の脳が進化しないことを前提としたものであります



最近特にあちこちで人づくり産業が大事と言われてきていますが、

『人とは何か?』この答えがでない教育は限界といえると思います。



これからは

人間が人間機能(5感覚脳)に依存しない技術が必要です

無我や自我さえも人間のイノベーション技術として応用活用できる技術 『悟り力=差をとる能力』 が切に求められています

多様な格差を創った『学術』の限界を補う、和の技術『観術』の時代がきています


『観術によって創意的人材を育成する企業』
NR JAPAN 梶@http://www.nr-japan.co.jp/



present for you 『PRAY B'z東北地方太平洋沖地震復興祈願』
-Pray for japan-

posted by kenmiura at 16:08| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

雨ニモマケズ

今回の大地震をきっかけとして詩人 宮沢賢治さんの『雨にも負けず』が紹介される機会が多くなっているようです。

多くの日本人の意識を目覚めさせたい、そんな思いから彼をご紹介したいと思います



1896年(明治29年)
日本を代表する詩人 宮沢賢治が岩手県で生まれた年に東北地方で『三陸地震津波』(岩手)『陸羽地震』(秋田)の大きな二つの地震災害があったそうです。

賢治の母は息子の入った籠を両手でかかえながら上体をおおって念仏を唱えながら必死に我が子の無事を守りました。

その後も東北地方の農民がこの地域を繰り返し襲った冷害などによる凶作で生活が困窮するたびに家財道具などを売って生活を何とか凌いできました。

その後、100年経ち日本中が豊かになったように見える日本

その背景には昔から豊かだったわけではなく、多くの自然災害、原爆までも受ける戦争までも経験しながらも、多くその背景には昔から豊かだったわけではなく、多くの自然災害、原爆までも受ける戦争までも経験しながらも、多くの先祖たちが忍耐力と勤勉さと調和、団結のこころを通して復興してきた揺ぎ無い事実背景があるのです。


暖かいご飯を食べるとき・・

PCやTVの画面を見ているとき・・

その事を感じてますか



$『観術』(5次元認識)で希望の未来が創れる☆



    



           
            『雨ニモマケズ』


雨にも負けず、風にも負けず  雪にも、夏の暑さにも負けぬ、


丈夫な体をもち  慾はなく、決して怒らず、


いつも静かに笑っている


一日に玄米四合と、味噌と少しの野菜を食べ


あらゆることを


自分を勘定に入れずによく見聞きし分かり、

そして忘れず


野原の、松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて


東に病気の子供あれば、行って看病してやり


西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い



南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくてもいいと言い



北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い


日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き


みんなに、木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ


褒(ほ)められもせず、苦にもされず


そういうものに、私はなりたい




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

わたしが賢治の詩から感じる世界は

人間が私利私欲ではなく、無我で生きる姿の美しさに対するメッセージです

その結果、人や自然にする尊厳や感謝の念、深さのある人間関係力が育つのだと思います

私的概念より公的概念がもともと育っていた日本人のこころ

無我とは、こころと身体の健康や豊かさの基本なのかもしれません




【無我になれない『学術』の限界を補う『観術』の発見者ノ・ジェスからの応援メッセージ】
仕事で成果を出す方法誰も知らない、成功する人の考え方やモチベーション
posted by kenmiura at 23:15| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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