2011年05月08日

いま真剣に考えるべきことB

今日の北海道新聞にこのような内容がありました

福島第1原発事故を通した背景には「学問の限界がある」との指摘を学者たちが言いはじめているようです。

記事抜粋【揺らぐ学問への信頼】

名城大元教授で反原発派の物理学者の槌田敦氏の発言

「過去に日本原子力研究所の人と話しをしていて、あまりにも狭い分野しか知らず他の研究者と全く議論しないことに驚き、こんな人たちに原子力をやらせてはいけないと思った」 

「原子力村は小人数しかいないのに、あまりにも細分化し、原子炉を知っていても事故対策を知らなかったりする。全体を見渡せる人がいないのが原子力村の実態で、それが縦割り行政となって事故を長期化させている、これは学問全体に当てはまること」


上記の内容とも通じるのですが

前日記で王の支配権力からは開放された人間が今も尚、支配され続けているものについての問いかけで終わりましたが


問いの結論から申し上げます


人間が一番支配され続けてきたもの



それは



「自分の判断基準」と「他人の判断基準」です



この二つの決めつけにより自分の心の自由が奪われたり



相手の心の自由を奪ったりしているのです。



人間は

よく人と分かり合えずムカついたり、悲しんだり、

自分に自信がもてず落ち込んだり、諦めたり

相手を馬鹿にしたり、ジェラシーしたり、

日本人の多くは
他人の評価に一喜一憂している時間が一日の多くを占めています

日本は特に他人にどう思われるかを気にする文化風習がある為、
面倒になり、どんどん孤独を選択しやすくなります
(海外へ行くと鬱が直る人がいるのもこの要因から開放されるからのようです)


人は基本的には誰もが自分のことを理解(共感)してほしいし、

認めてほしい、受け入れてほしい、

愛してほしい欲求があります。(トラウマで屈折してなければ)



出来事の結果が自分の期待するものと異なるとき相手を恨んだり、信じられなくなったり、悲しんだりします。

相手の心情に対して細かい確認作業をせず感情的になり、自分の思い込みで決め付けてしまうことは良くあることなのです




人間はこのパターンをどのくらい繰り返してきているのでしょうか







驚くかもしれませんが実は、

人類が誕生してから(500万年間)ずっと変化できていない事なのです。





何故、変化できなかったのか


それは判断基準のルーツを辿れば

政治経済システム、教育システム、社会構造システムの基本となる学問学術の知識が土台となっています


その学術に非常に大きな不完全要素(限界)があるからです。


その学術の限界を越えられなかった事が人間自身のイノベーションを起こせなかった原因だったのです



では学術の限界とは何なのでしょう?


つづく



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全体がALL‐WINできるグランドビジョンと繋がり  
誰もが「自分の判断基準」&「他人の判断基準」の支配から自由になれる
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posted by kenmiura at 00:51| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本復興 歴史 教育  政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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