2011年04月11日

雨ニモマケズ

今回の大地震をきっかけとして詩人 宮沢賢治さんの『雨にも負けず』が紹介される機会が多くなっているようです。

多くの日本人の意識を目覚めさせたい、そんな思いから彼をご紹介したいと思います



1896年(明治29年)
日本を代表する詩人 宮沢賢治が岩手県で生まれた年に東北地方で『三陸地震津波』(岩手)『陸羽地震』(秋田)の大きな二つの地震災害があったそうです。

賢治の母は息子の入った籠を両手でかかえながら上体をおおって念仏を唱えながら必死に我が子の無事を守りました。

その後も東北地方の農民がこの地域を繰り返し襲った冷害などによる凶作で生活が困窮するたびに家財道具などを売って生活を何とか凌いできました。

その後、100年経ち日本中が豊かになったように見える日本

その背景には昔から豊かだったわけではなく、多くの自然災害、原爆までも受ける戦争までも経験しながらも、多くその背景には昔から豊かだったわけではなく、多くの自然災害、原爆までも受ける戦争までも経験しながらも、多くの先祖たちが忍耐力と勤勉さと調和、団結のこころを通して復興してきた揺ぎ無い事実背景があるのです。


暖かいご飯を食べるとき・・

PCやTVの画面を見ているとき・・

その事を感じてますか



$『観術』(5次元認識)で希望の未来が創れる☆



    



           
            『雨ニモマケズ』


雨にも負けず、風にも負けず  雪にも、夏の暑さにも負けぬ、


丈夫な体をもち  慾はなく、決して怒らず、


いつも静かに笑っている


一日に玄米四合と、味噌と少しの野菜を食べ


あらゆることを


自分を勘定に入れずによく見聞きし分かり、

そして忘れず


野原の、松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて


東に病気の子供あれば、行って看病してやり


西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い



南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくてもいいと言い



北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い


日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き


みんなに、木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ


褒(ほ)められもせず、苦にもされず


そういうものに、私はなりたい




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

わたしが賢治の詩から感じる世界は

人間が私利私欲ではなく、無我で生きる姿の美しさに対するメッセージです

その結果、人や自然にする尊厳や感謝の念、深さのある人間関係力が育つのだと思います

私的概念より公的概念がもともと育っていた日本人のこころ

無我とは、こころと身体の健康や豊かさの基本なのかもしれません




【無我になれない『学術』の限界を補う『観術』の発見者ノ・ジェスからの応援メッセージ】
仕事で成果を出す方法誰も知らない、成功する人の考え方やモチベーション
posted by kenmiura at 23:15| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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